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マラソンの女神に好かれるランナーになるためには [サロマウルトラ]

「マラソン」はラテン語圏内では男性名詞なんだそうです。いままで「マラソンの女神」なんて言い方をよく使っていたので、なんだか意外ですが、やっぱり僕には「女性」のような存在です。

マラソンの神さまに好かれるようになろう、というのは、僕も尊敬しているジャーナリストでマラソンランナーの大島幸夫さんの言葉ですが、サロマにふがいなく失敗したいま、この言葉の意味を考えています。

サロマで早々とリタイアして、早くゴール地点に戻ってきたから、じっくりとゴール風景を見ることができました。気付いたのは、みんなマラソンの神様に愛されているな、と感じたこと。

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では、マラソンの神様に愛されるためにはどうすればいいのか。

出場したレースに愛情を感じ、運営にかかわった人たちに感謝をして、さらに(ここが一番大事なんですが)その大会に臨むうえで、十分な準備をすること。それに尽きるような、気がします。

いまは9月26日の秋田内陸リゾートカップ(100キロ)に十分な準備をして臨みたい。「チーム・サボテン」のライバルや友人も集う大会だから、ここをターニングポイントにしたいと願っています。

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日景師匠の説教が胸にしみました [サロマウルトラ]

昨日深夜、新千歳、関空経由で帰ってまいりました。ただでさえ、サロマが終わった後は燃え尽き感に苦しむのに、今回はそこに無力感が加わっていて、しばらくは苦しみそうです。

この感じ、何に似ているかというと、ずっと心が通じていると思っていた女性に、ある日突然に別れを宣告された、というような感じです。サロマだけは自分の懐の中に常にあったのに、ある日突然、手に届かないところに行ってしまった。その理由はやはり自分にあったわけですが。

月曜日の夕方に、東札幌の居酒屋「からふる」であったチームからふるのお疲れ会に参加してきました。僕のランの師匠、日景さんが経営するお店で、僕の中では全国の居酒屋ナンバーワンです。

63歳の日景さんは今年、13回目の完走でした。あの暑さにあって、タイムは9時間40分台。

「むうさん、どうしてやめたんだい」と聞かれ、足の痙攣のことを説明したら、「ぼくは2、3キロおきに痙攣しているよ」と。「サロマでは最後の1パーセントまで、ゴールに向かう気力をなくしてはいけない。暑くても、痙攣しても、どんな局面でも最後の手段を使いつくすまで、やめてはいけない。関門で止められたなら仕方がないが、自分からやめてはいけない」

胸に痛くて、しみるお説教でした。サロマンブルーの資格を得たときに、師匠が足型の板に書いた言葉は「サロマがあってよかった」です。僕の手元を離れて行ったサロマの女神はいつか、僕の元に戻ってきて、僕もいつか師匠と同じ言葉を残すことができるのでしょうか。

1年先のリベンジに向けて、もう戦いは始まっているはずです。

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サロマウルトラ、3時間で終わりました [サロマウルトラ]

日曜日のサロマ湖ウルトラマラソン、35キロでリタイアでした。練習不足は明らかでしたが、本番になったら神風が吹くとでも思っていたのでしょうか。

マラソンの世界では戦う能力に欠けている者が、スタート地点に立ってはいけない、と公言してきたのに、自分自身にその資格がなかった。

妻と息子との最低限の約束も守れなかった。

25キロ手前でトレイルランの登りの時のように、突然右足が痙攣し、「そのうち、治るだろう」と30キロまでは騙し騙し走りました。30キロ通過は2時間56分ほど。

ところが痛みがひどくなり、この時点で早くも完走はあきらめました。ふがいないけど、痙攣も暑さのためだと思われ、そのさき走り続けることがイメージ出来なかった。

先ほど収容車で常呂のゴール地点に着き、これから友人たちを迎えながら、どうやって立て直していくかを考えます。

応援、ありがとうございました。

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サロマ湖100キロ、ちょっと特別な4回目のエントリーです [サロマウルトラ]

例年は正月早々に始まっていたサロマ湖100キロのエントリーが、今年はややずれ込み、18日から始まりました。きょう手続きを済ませました。今年で4回目のエントリーでした。陸連登録の部です。

「もしや、25回目の記念大会で初の抽選制導入か」とやや慌てましたが、特に大きな変更点はありません。新たに5人でエントリーし、上位3人の合計タイムで競う団体戦が採用された程度です。

本当はちょっと余裕を持って挑みたいウルトラのレースですが、サロマだけは特別です。

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(写真は昨年のゴール)

わがマラソンの師匠で、2年前にサロマンブルーを達成した札幌の「居酒屋からふる」の日景店長に初挑戦のとき以来、突きつけられている鉄則をどうしても守らなくてはいけないからです。

「80キロ過ぎ、前後のランナーとすれ違うワッカでは、絶対に恥じることのない走りを見せろ」「このワッカの舞台に立つために、1年間の練習があったとわきまえろ」

だから、どんなに苦しくても80キロからはペースアップしないといけない。毎年、ワッカの入り口にあたるふ80キロ地点の上り坂はそんな覚悟を固める場所になっています。

そんな思いが、初挑戦の07年以来、08年、09年と連続で自己ベストを更新できている原動力になっているのは確実です。だから今年の目標は限りなくキロ5分を守り抜いて、昨年の8時間49分を少しでも短縮するのが目標となります。

毎年苦しいところで、抜きつ抜かれつするメンバーも、3年走るとだんだんと固定してきた感じです。それに妻の出産予定日が7月初めなので、今年は特別な思いを抱いて走るサロマになりそうです。

ライバルの皆様、今年もよろしくお願いします。

                           ♪

金曜日は出勤前に武庫川河川敷を宝塚市役所まで21.0キロ。1時間59分。今月累計では280.2キロ。体重は69.6キロ。食い道楽だった沖縄での体重増も最小限に抑えられた様子です。

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100キロのすべてが辛いわけではない…サロマ完走記【番外編】 [サロマウルトラ]

妻が綴ったサロマ100キロの完走記。一日遅れになりましたが、アップさせて頂きます。

サロマは私が小学生に上がるまでを過ごした思い出の土地です。4月末に初めて北海道を出て、
関西に来たので、余計に「ふるさとに帰ってきた」と思いを込めての挑戦でした。
07年の初挑戦では夫とともに完走しましたが、昨年は体調不良もあり70キロ関門で止められました。゜

今年の目標は2年ぶりの完走と、12時間切り。木曜日から断酒した夫に付き合って、酒を断ち、
前夜は少しでも早く眠るはずでした。でも、なかなか眠れず浅い眠りのまま起床時間を迎えます。

そして午前5時のスタート。本当にここにまた戻ってきて、スタートできたことに目頭が熱くなります。
少し走ると、友人のトライアスリート、ちづこちゃんと出会い、元気な声に励まされます。
竜宮台の折り返しは、FMアップル社長のN社長と併走しながら、友人とハイタッチをかわしました。
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私が一番苦手なのは、25キロから35キロまで続く、酪農地帯の道。昨年は異常に眠くなったところ。
今年はここを粘って走ると決めていました。月見が浜の42.195キロ地点は4時間27分台で通過。
思ったペースより速く、「後半、大丈夫かなあ」と考え始めました。50キロ通過は5時間23分6秒。

55キロの「緑館」に、今年は荷物を預けませんでした。おにぎりを食べ、給水しただけで通過。
足の指に激痛があり、水ぶくれができている様子。これがずれるたびに痛んで、辛い。
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千葉から来たという62歳の女性ランナーの後ろに付かせてもらい、ひたすらヒタヒタと走りました。
「一緒に頑張ろう」と声を掛けて頂いて、とても励みになりました。その方がおっしゃるには…、

「どんな辛い100キロでも、100キロの道すべてが辛いわけではない。どこか痛くても、苦しくても、
その数キロを乗り越えれば、また復活して頑張れるもの。人間の身体って、不思議なんだよ」

この言葉が後々まで、とても印象に残り、本当に何度も救われました。

73キロ過ぎの鶴雅リゾートのおしること素麺は私の憧れでした。2年前はもうなくなっていて、
昨年はここまでたどり着けず。今年初めて、ありつけました。支配人らしきおじさんに…、
「今年初めて食べられました。おいしかった!!」とお礼を言うと、感極まって涙が流れました。

そして9時間少し前に、ワッカに入りました。子供の頃、釣り好きの父親に付き合って、
毎週のように通っていたワッカ。霧も晴れ、天国のような美しさでした。
またまた泣きそうになって、ツーツーさんやとよさん、ヒトミちゃんなど、友人とすれ違いました。

ハイテンションになって、ペースはキロ6分まで上がり、このまま最後まで行けそうな気分になりました。
足の痛さ、重さも吹き飛び、ただただ幸せな気持ちでした。本当に不思議なくらい、元気でした。
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(写真はいずれもチームからふるの磯ちゃん提供)

ゴールが近づくと、夫が隣を走っていました。一緒にテープを切り、「がんばったね」と褒められました。
チームからふるや、ナイアガラの人達に本当に勇気づけられました。感謝の気持ちでいっぱいです。
来年、またここに帰って来ようと強く思いました。今年ここを走れなかった友人とも、一緒に走りたい。

私の記録です。

10キロ 01:03:38(1:01:56)
20キロ 02:04:33(1:00:55)
30キロ 03:06:22(1:01:49)
40キロ 04:14:02(1:07:40)
42.195キロ 04:27:15
50キロ 05:23:06(1:09:04)
60キロ 06:35:48(1:12:42)
70キロ 07:45:35(1:09:47)
80キロ 09:03:33(1:17:58)
90キロ 10:06:37(1:03:04)
ゴール 11:13:56(1:07:19)

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ウルトラランナーの檜舞台 師匠の言葉に泣く…サロマ完走記【完】 [サロマウルトラ]

55キロからの、ライバルそうらんさんとのマッチレースは70キロを過ぎても続いていました。
マッチレースというよりは、時折声を掛け合って、励まし合いながら競い合う感じです。
70キロ手前で、同じナイアガラの石田さん、70キロ過ぎで桜道ランナーのまぐちゃんを抜いて、

いよいよ73キロ地点の鶴雅リゾートが近づきました。ホタテ入り素麺と、おしるこの名物エイド。
それぞれ一杯ずつ頂くと、既にそうらんさんはリスタートしていて、100メートル程の差が付きます。
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ここから80キロのワッカ入り口までは車道の歩道を進む、サロマ湖のコースで一番単調なところ。
ワッカに入るまで気持ちを切らさないように、気持ちを入れ替えないといけない場所です。
75キロ通過は6時間34分44秒(28分29秒)。そうらんさんとの差は200メートル程に広がりました。

そしてワッカの入り口。甲子園の勝負どころで駒大苫小牧応援団が鳴らすテーマを口ずさみました。

2年前にぼくをサロマに誘ってくれたマラソンの師匠、日景さんの言葉をここで思い出します。
「ワッカはランナーの檜舞台。1年の練習をここでぶつけろ。決して恥ずかしい走りをするな」

80キロ通過は7時間2分34秒(27分50秒)。長い坂を登り切ると、オホーツクの絶景が広がります。
「やっと、ここまでやってきた」。目頭が熱くなり、最後の力を振り絞ろうと気持ちが引き締まります。

エゾカンゾウやコガネギクの原生花園で知られるワッカは、89キロ手前に最後の折り返しがあります。
往路のランナーと、ゴールを目前にした復路のランナーが最後のエールを送り合うところ。
ペースはいい感じで上げられていて、一度は引き離されたそうらんさんに再び迫りました。

85キロ通過は7時間29分44秒(27分10秒)。この日初めて、そうらんさんの前に出ました。
第2湖口の長い橋をわたる途中で、師匠の日景さんがすぐ前を走っていることに気づきました。

師匠は2年前にサロマンブルーを達成した後は故障に苦しみ、思うようなタイムを残せていません。
ところが62歳にして序盤から積極的に飛ばし、完全復調の走り。また目頭が熱くなります。

「師匠、ナイスランです」と言って前に出ました。「きたな。このまま押していけ」と言葉をもらいます。
涙がこぼれました。洞爺湖マラソンではみっともない走りを見せ、師匠を嘆かせたばかりでした。
「あとは攻めていこう」ともう一度気合いを入れます。90キロ通過は7時間56分44秒(27分00秒)。

前から続々と仲間がやってきました。ツーツーさん、とよさん…。「ラストだ、行け!」と声をかけます。
95キロ通過は8時間23分29秒(26分44秒)。ところがここで、またそうらんさんに抜かれました。
彼もペースアップしています。「キロ5分で行くと(8時間)50分も切れますよ」と声を掛けられました。

ワッカに別れを告げ、残り3キロを切ると、前から熱燗パーソナリティーのひとみちゃんが来ました。
ひとみちゃんが「そうらんさ~ん、後ろからむうさんが来てるよ」と言ったところで、彼はラストスパート。
一度はまた50メートル以上離されましたが、残り2キロを切ってぼくも自然にペースを上げました。

そしてゴールまであと1キロを切って、フルのペースに上げます。ゴール地点の並木が近づきます。
そうらんさんを逆転し、「ひいひい」と全力疾走で最後のコーナーを曲がり、ゴールに駆け込みました。
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8時間49分36秒(26分7秒)。帽子とサングラスを外して、テープを切りました。なんとか50分切り。
女子高校生にメダルをかけられ、芝生に倒れ込むと、そうらんさんが来て、握手を交わしました。

彼の存在がなければ、連続サブナインも自己ベストもありませんでした。特に70キロを過ぎた後、
ビルドアップ走のようにペースを上げられたのは彼のお陰でした。師匠も9時間2分でゴールしました。

荷物をピックアップした後は、ゴール手前に陣取り、仲間たちのゴールを見守ることにしました。

                             ♪

長々と読んで頂きありがとうございました。明日は番外編として、妻の完走記を綴ります。
昨日木曜日夜、「チームアジア」の大阪城公園練習会でランニングを再開しました。
1時間5分かけて、12.6キロ。7、8月はオフです。練習量を落として、250キロ前後走る予定です。

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エイドを心の支えに、折れそうな心と戦う…サロマ完走記【4】 [サロマウルトラ]

緑館を出ると、長い上りに入ります。55キロ通過は4時間41分34秒(28分53秒)でした。
緑館では3分足らず休んだことになります。ここからは丘陵地のアップダウンを繰り返します。
50~70メートル前を行く、そうらんさんとの差は縮まらず、長い下りを駆け下りると湖畔に出ます。

60キロ通過は5時間7分50秒(26分16秒)。いっぱいいっぱいですが、ペースは維持できています。
湖畔を離れて、急勾配の坂を登り切ると、再びコースは左折し、キムアネップ岬が近づきます。
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10時を過ぎて、例年なら気温が上がってくるところ。でも相変わらず気温は14度のままです。
給水の時に身体を冷やさないことを心がけます。思えば5月の洞爺湖は腹を冷やしたのが敗因でした。
前後のランナーのペースが速く思われ、65キロ手前のエイドで小休止。バナナとあんパンを頂きます。

ここでそうらんさんに追いついて、しばらくは併走しました。でも会話を交わす余裕はありません。

そして「魔女の森」。気まぐれな魔女が「やめようよ」とささやくという、ランナーの伝説の地です。
例年なら、木陰に覆われた道で一息つけるところですが、ぞくぞくっとする寒ささえ感じます。
森の途中に65キロ地点。5時間36分38秒(28分47秒)。ペースが思った以上に落ちました。

ここで戦略を立て直します。これでは気持ちがだれたまま、昨年の自分に逆転されるのを待つだけ。

「鶴雅リゾート(73キロ)まではエイドでしっかり休もう。ワッカが近づけば足は動いてくれるはず」
ワッカで最後の力を使い切るために、80キロまではペースダウンもいとわない決断をしました。
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78キロには名物エイドの「斎藤商店」。例年ならおしぼりで顔を拭いただけで通過しますが、
キュウリの浅漬け、ブルーべーリー、プチトマト、ゼリー…。あるものすべてを口に詰め込みました。
再び国道に出て、大漁旗の応援で有名な宿「さろまにあん」を過ぎて、直進すると70キロ。

70キロ通過は6時間6分14秒(29分35秒)。たっぷり休んだこの区間が最も遅いラップとなりました。
昨年の自分と比べて、45キロ地点で9分もあった貯金は、70キロ地点で3分まで減ってしまいました。

ここで、併走していたそうらんさんがペースを上げます。キロ5分10秒。やや辛いけど、付きました。

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55キロ、長い長いマッチレースの始まり…サロマ完走記【3】 [サロマウルトラ]

42.195キロ地点を越えると、しばらくして再びオホーツク国道に戻ります。まだ霧は深いまま。
前のランナーを一人、一人とかわして、左手にサロマ湖を見ながらリズムに乗れるところ。
45キロ通過は3時間46分37秒(25分54秒)。まだかろうじて、25分台を維持できています。

昨年のタイムと比べたアドバンテージは9分ほど。でもここからは昨年の自分に追われます。

45キロを過ぎると上りに入ります。標高差は50メートルほど。上りきると長い直線のくだり。
下りきって再び上りに入るところが50キロ。4時間12分41秒(26分3秒)。
午前9時を過ぎ霧が晴れると、気温が上がり、汗が吹き出します。日本手ぬぐいが重宝します。
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再び湖畔に出ると、前方に54キロ過ぎにあるホテル「ルートイン」(通称・緑館)が見えてきます。
スタート前に緑館行きの荷物を託することができますが、立ち寄らないランナーも実は多い。
でも、ぼくは例年、気分転換も兼ねてシャツを着替え、もう一度体にワセリンを塗りたくります。

今回着替えたのは、3月のフルで自己ベストを出した佐倉朝日マラソン参加賞のTシャツ。
へこたれた時は、シャツからでも元気をもらいたい。わらにもすがりたい思いとはこのこと。

着替えに3分ほどを費やして、リスタートしようと荷物を預けると、見慣れたランナーがいました。
僕の現在の最大のライバル。5月の洞爺湖マラソンで30キロまで併走したばかりのそうらんさん。
洞爺湖では僕は30キロでレースを事実上やめましたが、彼は粘って2時間55分の自己ベスト。
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(写真はレース後、そうらんさんと)

「むうさん、いよいよ来ましたね」と笑うライバルを追って、後半のレースに突入しました。
そして互いに励ましあい、競い合うマッチレースが、ゴールまで45キロも続くことになりました。

                         ♪

サロマ湖の速報記事がランネットに出ていました。レース期間中の気温はずっと14℃前後。
ここ数年の100キロの部では最高の完走率(73.5%)をマークしたそうです。                        

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濃霧に覆われた月見が浜をゆく…サロマ完走記【2】 [サロマウルトラ]

今回のサロマで感じたのは、仕事で参戦できなかった仲間や、日曜日の直帰組が多かったこと。
年に一度の大イベントと位置付けていても、この経済状況で3連休をとるというのは難しい。
ぼくがサロマでは後悔がないように戦い切りたいというのは、それと無関係ではありません。

友人たちの代わりに走るというのは、余りにおこがましいけど、気持ちを頂くことはできますから。

                          ♪

25キロ通過は2時間24分41秒(25分20秒)。ここでトイレに入りました。昨年のタイムに比べて、
やや余裕があり、気持ちにゆとりができたせいかもしれません。ここからは再び湧別の酪農地帯。
レース序盤だから気持ちは折れないけど、辛抱してレースを作っていかなくてはいけないところ。

ナイアガラ・マラソンクラブ、チームからふるの仲間が応援をしてくれていて、気持ちを引き締めます。

30キロ通過は2時間30分14秒(25分23秒)。昨年の自分のタイムと比べた貯金は6分ほど。
30キロと35キロの公設エイドにはスイカが置かれていて、レース序盤ですがむしゃぶりつきます。

35キロは2時間55分38秒(25分23秒)。ここでコースは国道238号(オホーツク国道)に入ります。
交通量が多い国道の幅1メートルほどの路側帯は路面のギャップも多く、やや走りにくいところ。
芭露(ばろう)の集落に入ると、パイプ椅子でおばあちゃんたちが声援を送ってくれます。
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ここで、2回目のトイレ。40キロ通過は3時間20分43秒(25分04秒)。エイドでチョコを食べましたが、
ぱさぱさして、口の中で溶けないくらい寒い。スタート時の気温からさらに下がっているようです。
41キロを過ぎるとコースは国道を離れて、サロマ湖岸に出ます。景勝地の月見が浜。

42.195キロの道標があって、ここから先はウルトラの世界という目印です。通過は3時間32分。
例年ここは、遠くにレース終盤のワッカを見渡せて、レース全体の輪郭が描けるところ。
ところが、ガス(海霧)のため視界が開けず、まさに五里霧中のままレース中盤に入りました。

心配していた足の張りはないようですが、まさにフルマラソンを走りきったのと同じ疲労感を、
ずしんと足全体に感じています。こんなので100キロ行けるのか、と不安に感じ始めました。

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深い朝霧の牧草地を抜けて…サロマ完走記【1】 [サロマウルトラ]

今朝の遠軽は、日曜日の寒さとは一転、暑くなりました。マラソンの神様はいつもきまぐれです。

月曜日。遠軽から札幌までは、「チームからふる」の仲間の車に乗せていただき、
札幌で打ち上げに参加した後、妻と関空着の便で、雨の大阪に戻ってきました。
サロマ遠征の3日間は終わってみれば、すべてが夢まぼろしであったかのようです。

昨年秋からの僕のシーズンはこれで終わりました。関西転勤2年目。いいシーズンでした。
恒例により、28日のサロマのレースを計5回で振り返ります。

                       ♪

レース前夜の宿は遠軽の「まつや旅館」。スタート地点の湧別までは車で20分ほど。
スタートの日の朝に少しでも長く蒲団のなかにいたいランナーには、なかなかの好立地。
「チームからふる」のほか、「楽走旭川412」などいくつかのチームがここをペース地にします。

前夜の居酒屋の夕食。悪友の誘惑に負け、「断酒」を破ってビールジョッキー2杯だけ頂きました。
午後10時の床につき、午前3時に起床。長い一日がいよいよ始まりました。

スタート地点の湧別町総合体育館。深い朝霧に包まれていますが、ランナーの着替え場所の、
室内競技場の中は熱気でいっぱい。眼鏡も曇るほどです。持ち物の確認をして、
スタート10分前に陸連の列に並ぶと、思いがけずビデオカメラの取材を受けました。
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様子からたぶん、サロマ湖のレースの公式サイトのビデオの取材だと思いました。
「目標タイムは?」と聞かれたので、迷わず「8時間50分を切りたいですね」と答えました。

午前5時スタート。まずはキロ5分20秒ぐらいのペースを目指します。霧はさらに深くなったようす。
サングラスのレンズがすぐに曇り、湿気が高いせいか沿道の牛舎のにおいも強いようです。

しばらくは多くのランナーが僕の前に出ていきます。洞爺湖で30キロまで並走したそうらんさん、
サロマンブルーで桜道ネーチャーラン出場のまぐちゃちゃさん、そしてわが師匠の日景さん…。
いつ、誰をどこでとらえることができるのか。これはレース終盤の気持ちを支えてくれます。

いったんオホーツク海に向けて走った後、ぐるっと回ってスタートした湧別の街に戻ってきます。
5キロ通過24分50秒。2週間前のプーケットと同じペースですが、寒さと湿気のせいか、
息苦しさは感じません。長い直線をサロマ湖に向けて走って、10キロは49分45秒(24分55秒)。

サロマ湖はきんちゃくのような形をしていて、左側のひもに当たる部分が竜宮台。
その竜宮台の折り返しの手前が15キロ地点。1時間14分41秒(24分56秒)。
トップのランナーを迎え、太鼓が鳴り響く竜宮漁港で折り返すと、後続のランナーを迎える番です。

多くのランナーとハイタッチをして、ここは前半の楽しみなところ。すぐ後ろにライバルのツーツーさん、
とよさん、blue君がいるのを確認して、笑顔で声を掛け合うけれど、気が引き締まります。

妻ともいい位置ですれ違いました。設定ペースなら、これでゴールまで会えないことになります。
20キロは1時間39分21秒(24分40秒)。キロ5分を切るペースで来ましたが、ここでやや落とします。

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